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UVエミッター 水虫治療・ワキガ治療の通販

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爪水虫の悪化

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水虫 中、水虫(爪水虫)になったことのある方、もしくは水虫に

。先日、フッと足の左親指の爪が変なことに気づきました。夫に水虫かもよと言われ、皮膚科に行ったところ、お医者さんにも「水虫の可能性があります」と診断されました。(「可能性があります

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水虫 水虫と足つぼマッサージ

、実は水虫です。程度は軽いのですが、見ていると素手でやられているみたいなのでなんだか悪くて・・自己申告したほうがいいでしょうか、水虫でもやってもらえますか、断られるでしょうか。マッサージを職業にされている方、正直水虫のお客

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水虫 アトピーと家族の水虫

水虫の家族と暮らすようになってから、自分のアトピー(水虫保菌者ではない)がひどくなったような気がするのですが…。そういうことってあるでしょうか?そういう経験をされた方はいますか?水虫の人と生活することと、アトピーの

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水虫 手のひらに水虫

パチンコ屋さんに行って、ハンドルを握ると必ず水虫ができます。左手で玉を握ると、左手にも水虫ができます。パチンコ屋さんで靴下を履かないで歩いただけで水虫ができます。水虫の薬ですぐ治りはしますが、これって一体

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水虫旅行記

1989/01/08 ケニアのマリンディでかかった水虫を、ロサンジェルスで治す(by みどりのくつしたさん)

水虫


1989年1月8日。

1989年1月8日から、日本の年号は「平成」となった。
ロサンジェルスは日本時間と17時間遅れで、つまりほとんど1日違うのだが、ロサンジェルスでも堂々と平成を口に出してもよくなった。

僕はホテル加宝に泊まりながら、中南米旅行の準備をしていた。
少なくともその建前は持っていた。

中南米旅行に出るためには、「心・技・体」が揃わなければダメだ。
「心」とは、中南米へ行く覚悟だね。

この時代、「中南米へ行く覚悟」とは、死んでもいいということだった。
僕はそれをわかっていて、受け止めていたよ。

世界一周するつもりもないのに、アジア、ヨーロッパ、アフリカと旅をして、自然と北米へきてしまった。
ここまで来たら、中南米を下らないわけにはいかない。

だから、たとえ中南米旅行の途中で、僕が死ぬことがあったとして、それは受け入れられる。
死まで覚悟しているのだから、中南米へ行く気持ちは問題ない。

「技」とは、旅に必要なものを揃えること。
これは、僕がすでに、1年3か月も旅を続けていることを考えれば問題ないだろう。

いままでも、ロサンジェルスで、中南米へ下るために必要なものは準備している。
例えば、いままでも、ジーンズ、水泳用ゴーグル、懐中電灯、などを用意している。

そして、「体」とはだね、健康な身体であることだ。
問題は、僕には身体的に問題があったってこと。

なにしろ、ずーっと旅を続けていたのだから。
日本にいるときより、身体の調子は変化している。

もともと日本にいたころ、僕は夫婦関係に問題があって、ウィスキーばかり飲んでいた。
そのころ、身体はぶくぶくに太っていたよ。

離婚したあとは、人生に失敗した後悔で、また酒ばかり飲んでいた。
だから、離婚したあとも、身体はぶくぶくに太っていた。

旅に出て、ロンドンの有名語学学校「インターナショナルハウス」で、ケンブリッジ英検特級(CPE)受験特別クラスに入る。
このときは、宿題がメチャ多くて、精神的につらかったね。

僕はもともと勉強は、あんまり好きじゃなかったからね。
それでも、僕は高校時代は確かに、ある程度は勉強していたんだろうと思うよ。

僕は家庭教師にもつかなかったし、予備校にも行かなかった。
特別な受験勉強をした覚えはない。

普通に、普通レベルの勉強をしていた。
ただ、東大に受かるつもりで勉強していたんだ。

だから、1969年に東大の試験がなかったときに、僕は人生を降りた。
僕の頭の中では、「東大にいけないような人間は、人間としてダメダメちゃん」という公式が出来ていた。

それもまた、東大に現役で合格するようでは、ミエミエにガリ勉だからダメだ。
「東大も一浪程度で、普通に軽く行くのが格好いい」というストーリーまで出来ていたからね。

すると東大の試験がなかったときに、僕の一流の格好いい人生は終わったんだよ(涙)。
一流というのは、格好よくないとダメなんだよなー(笑)。

1969年に東大の試験がなくて、仕方無しに京大に合格したが、僕の頭の中では、京大はしょせん二流大学。
僕が一番いやなのは、「二流の人間ががんばって、努力して人生で成功する」というストーリーだった。

僕が考えていたのは、「一流なのに三流の雰囲気で、しかも楽々一流の人生を歩く」という筋書きだったからね。
だから、僕は京大に合格したあと、全く勉強した記憶がない。

僕の人生の、基本的な失敗は、「東大に入らなくても、まともな人生が生きられる」と知らなかったことかな。
とにかく、僕の人生は誤算と失敗だらけだった。

だから、人生を振り返っていろいろ考えると、お酒を飲んで泣くしかない。
毎日毎日、お酒を飲み続けていて、常に体調は悪かったんだ。

英国で試験勉強をしていても、本気でやったわけではなかった。
が、一応まじめに宿題をやって、恥はかかないようにしていた。

日本人のおじさんとして、ヨーロッパ人の若者たちに馬鹿にされることだけは出来なかったからね。
ワインを飲みながら宿題をしていたので、身体はぶくぶくに太っていた。

僕が旅で本格的に痩せだしたのは、アフリカへ行ってからかなー。
とにかく海外個人旅行では、移動してさえいれば、やせるものなんだよ。

アフリカヨーロッパを連日移動していると、身体は痩せて、グータラ精神もだんだん研ぎ澄まされていく。
テレビはほとんど見ないで、読むものは英字新聞、英語雑誌、英語ペーパーバック。

これで、世界旅行者は、精神的にも、行動力も、鋭い人間に変化したわけだよ。
ただ一つ、肉体的な問題があった。

それは、ケニアの海岸地帯でかかった水虫だった。
とにかく痒くてたまらなくて、、ヨーロッパでも、ニューヨークでも気になっていたからね。

欧米の薬も、もちろんつけたが、欧米人の水虫は、日本人の水虫ときっと違うんだろう。
欧米の水虫薬は、僕に対しては、全く効果がなかった。

だからこの時期、僕は足の指が痒くて痒くてたまらなくなってしまったんだ。
中南米を旅しているときに、水虫で旅が続けられなくなったら、これは恥ずかしい。

それで、リトル東京の薬局へ行った。
佐藤製薬の「ハイベティック軟膏」を買って、足の指の間に塗る。

やはり日本人には日本の薬が効くのだろう。
僕がずーっと気に病んでいた水虫はスカッと治ってしまったよ。

体調がいいので、南米へ下るのに、何の障害もない。
いつでも、南米へ下れる。

身体は完全に健康で、中南米を旅する程度のお金は十分にあり、中南米旅行もたいして難しくなさそうだ。
そうすると、気持ちがゆったりとしているね。

この日も、ホテル加宝のロビーにいる。
とにかくホテル加宝のロビーにいれば、何か新しい、面白い、興味深い人間に出会えるはずだ。

今日もそうだった。
日本人が声をかけてきた。

彼は、もとロサンジェルスで庭師をやっていた。
確か日本へ戻って、久しぶりにロサンジェルスを見に来たそうだ。

彼はシボレーを借りている。
それで、僕がサンタモニカへも行ったたことがないとわかると、連れて行ってくれたよ。

サンタモニカピアから、マリナデルレイまで、ドライブした。
ただ僕は、どうなのかなー、たいして面白くなかった。

だって一緒にいるのが日本人の中年男性だしね。
それと、僕とは話が合わなかった。
正直言うと、僕がこの男性の車に乗ることで、僕はお金をもらいたいと思ったよ。
でも僕は、そんな真っ正直なことは言えなくて、へいこらしてしまったけどね。
「他人の車に乗せてもらって、気を使うよりは、時間がかかっても自分でバスで行った方が、気楽だったなー」と思う。
まあそれが、このあと僕が「ロサンジェルスのバス乗り回しの天才」と呼ばれるようになった理由なんだけどね。

  • http://homepage3.nifty.com/worldtraveller/carver1989/0108.htm

  • 【旅行時期】1989/01/08~1989/01/08
    【エリア】ロサンゼルス
    【テーマ】世界一周
    【投稿者】みどりのくつした

    【チュニスの天才旅行者】(by みどりのくつしたさん)

    水虫
    《『旅行覚者』への道》 

    世の中にはニセモノがとても多い。

    そして、このことが本当にわかるのは本物だけだ。

    例えれば、それは日本刀の鑑定師が本物の刀を見ることを修業にしているようなものだ。
    つまり、本物の刀を沢山見ていると、贋物や二流の刀をちらっと見たとたんに『これは駄目だ』と直感してしまうみたいなこと。
    いくら本を読んでも話を聞いても、もっともらしい理屈をこねても、本物の名刀を数多く自分の目で見なければ鑑定などは出来ない。

    これを旅行について言うなら、本物の刀を見る修業とは『世界中を本当に自分の力で旅行しながら、その旅の中で実際に長期旅行している人と直接に会って話す』ことだと誰でもわかるだろう。

    この本質をわきまえずに、本を読んで勉強したり、人の話を聞いて受け売りをしたりしても、それは駄目だ。
    旅行の本を読んだり、また聞きの噂話で旅行の話をしているということは、本物の前ではバレバレなのだから。

    これをわかりやすく説明すると、例えば『ホットドッグプレス』や『アンアン』の童貞や処女の編集者がでっちあげたSEX記事を読みあさることから始め、コンビニの片隅にある青少年向けのエロ雑誌を読んで、さらにSM雑誌に進み、ちょっとレディスコミックを読み、ブルセラショップに出入りし、友達のいいかげんな猥談に興奮し、山のようにポルノビデオを見て、ダッチワイフで体位を練習して、堂々とSEX評論をするようなものだからだ。

    これは誰でもちょっとおかしいとわかるだろう。

    SEXについて語るためにはいくらデータを持っていてもだめだ。
    やはり、いろんな経験を自分で積み重ねて行かなければならないのだ。

     

    同じように、旅行について、ある程度の話をしようという場合、その前提として、個人的な膨大な旅行経験が必要になるのは、いまさら語るまでもない。
    ところが日本では、書いた本人がたいした旅行経験もないままでっちあげた旅行本を読んだり、もともと何も知らない旅行代理店勤務の「しょせん安サラリーマン」の話を聞いて、なにかがわかったように勘違いしている人が、間違いだらけの旅行の話を広めている。

    つまり、間違った日本の旅行常識を正すためには、どうしても本物の旅行経験のある、知的な人が必要だ。

    でも、自分の力で世界中を旅行するためには、金も時間も語学力も知性も、更に言うなら決意も必要なのだから、これだけのものを持つ立派な人間が普通なら旅行などと言う無駄なことをするはずがない。

    つまり、本物の『世界旅行者』になるためにはこれに加えて『神の意思』が働かなればならないのだ。
    そして、これはめったにあることではない。

    なぜなら、神から選ばれて、本当に愛されていなければ、神からの直接の働きかけによる、真の意味での世界旅行などというチャンスはめぐって来ないからだ。
    これだけ神に愛されている人が、インドや中米のどの街角にもざらに、3〜4人ずつ固まって、うようよ歩いているわけはない。

    だから、ちょっと変わったところを短期間旅行しただけで、町内会やありふれた友人関係の中で『旅行通のナントカちゃん』などと呼ばれている人間に会ってちょっと話をすれば、ほとんどが贋物だとわかる。
    こういう連中はもともと人間性が駄目な「はったり人間」だからだ。
    旅行以前のところで駄目な人間で、とうてい神の意思の働くようなレベルではないことが明白だからだ。

    神がその存在さえ忘れているようなつまらない人間に限って、旅行について嘘ばかりしゃべりまくるのは、まあそれがバレなければ大きな顔が出来るという単純な理由だ。
    なかには調子に乗って、嘘だらけの本を出版する人間もいる。
    でも、大きな顔が出来るのも、本物の旅行者に会うまでの話だけれどね(笑) 。

    ところで今までの議論ではっきりしているように、本物の旅行者は神から愛されるような立派な人間性を持っているのだから、旅行の話だけしか自慢するものがないなどという低いレベルの人間であるはずがない。
    つまり『旅行した』ことだけしか自慢出来ない人間は本物ではないということだ。

    そうして、その本物は『世界旅行者』という称号を神から与えられる(この業務を神から委託されているのが『世界旅行者協会』だ)。

    しかし何物でもそうだけれど、このレベルを乗り越えてしまうと、自分が旅行をしていることすら自覚しないものとなる。
    つまり、旅行に出ているという特別な意識もなく旅行をすることが出来る。

    旅行者がこの境地に達すると、これを『世界旅行教』では『旅行覚者』と呼び、仏教ではブッダと呼ぶ。
    僕はこのレベルに非常に近いが、まだ贋物や嘘つきなどに怒りを感じるだけに『旅行覚者』には達していない。

    しかし、旅行中にはとんでもない旅行者に出会って『ひょっとして、この人が噂に聞く旅行覚者ではないか!』と思ったことはある。

    旅行の本質を分かりやすく説明するためにも、この経験を語りたいと思う。

     

    《旅に出る理由》

    イギリスの冬の寒さを逃れて、僕はスペインのバルセロナへとたどり着き、ここでしばらくスペイン語学校に通っていた。
    そこでいっしょだった日本人商社マンの美人妻とのドラマチックな恋愛も、明け方のランブラス通りでの熱い抱擁と、日本での再会の約束で終わった。

    もちろん再会の約束は信じていないのだが、男は最後まで信じたふりをするのが恋愛のルールだ。

    女を乗せた小さなタクシーが、カタロニア広場の角を右へ曲がってその姿を消すと、僕の心はもう別のことを考え始めていた。

    『アンダルシア、それからアフリカへと、できるだけ長い旅に出よう…』

    女と別れた悲しみを心に抱いたまま、昨日と同じ街角を、昨日までと同じように歩くことは、もうできない。

    もちろんこんな気持ちが突然浮かぶはずはない。
    後で振り返って考えてみると、これは、旅に出る言い訳をずっと前から捜していたせいなのだ。

     

    普通は、人が長い旅に出るには『理由』が必要だ。
    長期旅行をしていろんな人と話しをすると、みんながそれぞれ人を納得させるような理由を持っているのに気づく。

    まずよくある話は、学生のものだ。

    『学生ですから、青春の思い出に一年休学して世界を回るんです』
    これは、ありふれた学生の、ありふれた長期旅行者の、ありふれた理由だ。

    卒業旅行の場合も、文科系で単位を早く取ってしまい、就職もすでに決まっている場合は、(特に、売り手市場の時期に、有名大学生で会社の人事担当者を納得させられれば)4年生の時期に、まるまる一年間も旅する学生も以前は少なくなかった。

    もちろん、就職先のリクルート担当者には『就職して頑張りたいので、もっと外国語を勉強してきます』とか、『○○国の文化に興味があるので、しばらく住んでみたいのです。就職しても、いつか役立つと思いますし。仕事を始めるとまとまった勉強ができませんからね』とか、もっともらしいことを言うわけだ。

    しかし、誰でも知っていることだが、『就職して頑張る』ために長期旅行に出るやつはいない。
    じつは『就職したくなくて、学生のまま、ずーっとぐーたらしていたいのだが、しかたないから最後に思いっきり遊んでおこう』と考えているだけなのだ。

    こういう学生旅行者の旅は失敗した方がいいことは誰にでもわかるだろう。

    初めて一人で長期旅行に出て、旅先で言葉も通じず、だまされ、盗まれ、いじめられ、ばかにされて、海外の悪い汚い醜いところばかりを見るのがいい。
    すると、『もう海外旅行はこりごりだ。外国人は信用できない。日本人が一番だ。日本人といつも一緒にいたい。日本の生活が自分に合っている。日本の会社に勤めるのが最高だ。一人で旅行するのはいやだから、いつも仲間と一緒に団体旅行をしたいものだ。それには会社べったりで行くのが良い』と信じる、立派な高性能の企業戦士ができ上がる。

    ところが変に旅が好きになったら大変だ。

    海外でいろんな人のいろんな生き方に出会って、最悪の場合には本気で自分の生き方を考え出したりする。

    でも、自分の生き方などは自分でいくら考えてもわからない。
    だからいつまでも考え続けることになる。
    誰だって、こんな人間が日本社会に適応して、立派な企業戦士として、滅私奉公して過労死するのは無理だとわかるだろう。

    結果的には、途中で何か理由を作って会社を辞めて、また旅に出ることになる。
    まあ、もっと気のきいた学生は就職までの予定を無視して、日本に帰らずに、そのまま海外に居ついたり、海外を放浪し始めたりするのだが。

     

    僕は数限りなくこのタイプの学生に出会ったが、一流大学の学生はさすがにいろいろなことを考えているもので、教えられることも多かった。
    もちろん僕は、こういう日本人としての正しい道を踏みはずしかけている旅行者には、親切にアドバイスをしてあげることにしていた。

    『会社に勤めるのが一番だよ。忘年会も送別会も社内運動会も、楽しいことがいっぱいあって、きれいなOLと社内恋愛もできるし、何も考えずに一生を送れるのだから』

    すると、一流大学の学生は頭がいいので、僕のアドバイスにしたがって日本に戻って卒業をして、一流会社に就職することになるのだ。

    さて、近頃出現した迷惑なのが、三流大学の学生である。
    (これは次回に話そう、でも、怒らないでね!)

     
    《三流旅行世界の出現》

     

    さて、旅先にうようよと近頃出現して回りに迷惑をかけているのが、三流大学の学生だ。

    三流大学の学生の特徴は、当然ながら、頭が悪いところだ。
    しかし、もちろん頭が悪いだけで三流大学に入れるわけではない。
    頭が悪いだけなら、残念ながら二流大学入学の資格しかない、と三流大学の募集要項にちゃんと書いてある(と、思う)。
    誰でも認める三流大学生になるためには、もうひとつ大きな条件が必要なのだ。

    さて、誰か、分かるかな?
    はい、はい、そこのきみ、答えてごらん。

    ウ〜ン、ちょっと惜しかったね。
    『パジャマのボタンを自分でとめられる』じゃないんだよ。
    ところで、君もひょっとしたら、三流大学生かな?
    しかたない、教えてあげよう。

    その条件とは、『自分が頭が悪いのに気がつかない』だ。

    まあこれが分かった人は、たとえ三流大学を卒業していても、社会生活の中で知らないうちに進歩をして、二流大学卒のレベルまで達しているので、喜んでいい。(僕が保証する)

    三流大学の学生は、頭が悪い上に頭の悪い自覚がないので、自分を見つめることができない。
    自分を正確に評価できない人間は、いくら経験をしてもそこから何かを学ぶことはできない。
    どんなところへ旅に出ても、経験を自分のものとして取り入れるための自分自身の基本がないからだ。

    だから、旅に出る理由自体が存在しない。

    旅に出る理由がないのだから、彼らにとっては旅は「金の無駄使い」なのだ。
    このレベルの人間は『養老の滝』や『天狗』で体力だけでアルバイトをして、そのアルバイトをした金は、マスコミの作るブームの通りに、車に使ったり、グルメをきどったり、役にも立たないローレックスを買ったり、女に貢いだりしていれば良いのだ。

    こうしていれば彼らも少しは日本経済の役に立つことができる。
    ところが、誰でも海外旅行に出る時代には、彼らにも海外へ出る理由ができてしまった。
    国内では嘘がばれると気付いた日本のマスコミが、ついに海外旅行に目をつけてしまったからだ。

    その極端なものが『地球の歩き方』という日本のガイドブックだ。
    この本はもともと卒業旅行の学生のために作られたものだという。
    昔の大学生の卒業旅行というのは、ヨーロッパ一か月と決まっていたし、その頃はこの本は役に立つというので評判だった。
    ただ残念だったことは『ヨーロッパ程度を旅行するのに、はじめからガイドブックなどは必要ない』と誰も気付かなかったことだった。

    この『地球の歩き方』は調子に乗って世界中のガイドブックを出し続けた。
    それと共に、どんどん『役に立たない』という噂が広がり始めた。
    「役に立たない」ばかりか「害になる」とか「迷惑だ」という話も出てきた。
    中には『地球の歩き方』を使ったために『間違った情報で大損をした(これは僕自身の話だ)』とか『間違った情報でレイプされた(これは先日週間文春がレポートしたよね)』とかの問題が起きた報告もある。

    そこで経験の豊富な旅行者の間では、この本は『地球の迷い方』とか『地球のだまし方』と呼ばれて、笑い話や失敗談のネタ本として使われるようになり、また別の楽しみが増えたわけだ。

    これはこれで何も問題はない。
    世の中にはうそつきも大ぼら吹きもいて不思議はないのだし。
    みんなその所をわきまえて、幸せに共存してきましたとさ。

    ところがここに三流大学生と『地球の歩き方』との遭遇が起こった。
    これを『世界旅行者協会』では『ビッグバン』と呼ぶ。
    ここからすべてが始まったのだ。

    さて、『ビッグバン』とは宇宙の始まりだが、この『ビッグバン』は三流大学生を中心にする新しいタイプの旅行者(三流旅行者)による新しい旅行(三流旅行)の出現によって、まったく新しい世界(三流旅行世界)が始まったことを言う。

    この言葉は『知恵蔵』や『IMIDAS』や『現代用語の基礎知識』にも載る予定なので、就職予定の学生は暗記しておくように。

    出現した新しい世界について書くには、もう紙数が尽きた。
    実はこの文章は『チュニスの天才旅行者』についてのものだったのだが、だんだんずれて『世界中の三流旅行者』になってきたようだ。

    でも安心していい。
    最初に三流旅行者を説明しておけば天才旅行者との比較が簡単だろう。
    僕は講演で良くこんな手を使うんだ。

    分かると思うけれど、僕にしゃべらせたら、5〜6時間は原稿なしで講演できるんだよ(講演依頼を受けつけます。講演料などは相談に応じますよ)。

     

    《いつかは必ずお返しが来るのが世の中》

    さて、前回はビッグバンによって「三流旅行世界」が出現したところまで述べた。

    三流大学生は日本のマスコミに特有の「何も知らなくてもパンフレットさえ集めれば、何とか本一冊はでっち上げられる」という、金儲けしか頭にない、特になんの能力もない「編集者」と呼ばれる種族によって、もっともらしく作られた旅行ガイドブックで、「クリスマスイブには好きでもない女に金を使ってベイエリアのホテルで一発やらなければならない」と思いこまされたのと同じように、なぜか海外旅行に出なければいけないと思いこんでしまったのだ。

    それに隣にはジョーンズさんもいた。(They had to keep up with the Joneses.)

    そこで、旅に出る理由もなしに旅に出る三流旅行者が世界中にあふれた。
    イギリスやアメリカで語学留学でもしていると大変だ。
    次から次へとほとんど付き合いのなかった友達が訪ねてきては「僕はどこへ行ったらいいの?」と質問を浴びせるからだ。

    これも迷惑なことだが、これらの三流旅行者が集まると、もっととんでもない状況が出現する。

    それが、「三流旅行者による旅行自慢合戦」だ。
    ただ三流旅行者はまともな旅行をしたことがないのが特徴だ。
    すると旅行自慢はできないはずじゃないか(??)。

    しかし良く考えてみると、誰も旅行をしたことがないのだから、どんなことを言っても嘘がばれないのだ。

    ここに気付いたのは、なかなか賢い旅行者だが、なあに、ただ日本では見え見えの嘘が海外では誰も「おまえは嘘つきだ!」と言う度胸がないために、堂々とまかり通っただけなのだ。

    こうして、旅行する気のない三流旅行者は、世界中の「日本人宿」に巣くって、嘘だらけの自慢話やうわさ話を作り上げては、互いに誉めあって、無意味に盛り上がった。
    中にはその話を信じる人まで出てきた。
    さらには、こういういいかげんな話を記録して金儲けを考える人も出てきた。

    このタイプの世渡りのうまい人を、日本では「旅行作家」と呼ぶ。
    海外にも「旅行作家」は存在するが、日本の「旅行作家」の場合は「本人がまともな旅行したことがない」のが特徴で、常識を働かせれば簡単に区別がつくという話だ。

    この結果、三流旅行者は、旅行をしたいから旅行するのではなくて、旅行の自慢をしたいために旅行するようになった。
    でももちろん、旅行をしなくても旅行の自慢ができればそれに越したことはない。
    そこで、もっと簡単な方法をとることにした種族も出現した。
    それが旅行ガイドブックや旅行記を読んで旅行の自慢をする連中だ。
    これは三流旅行者とも呼べない。
    まあ、しいて名付ければ「三流人間」だろうか。
    だって、旅行をしたことがないのだから旅行者とは呼べないし、まあ一応人間には違いないのだから。

    この三流人間タイプを見分けるのは簡単だ。
    そういう連中のいそうなところで、「『地球の歩き方』は嘘だらけだぞー!」と大声で叫べばいい。
    自分の存在の根源を否定されたと言うので大慌ての三流人間が、訳の分からない理屈をつけて、本物の旅行者の間では常識となっている、みえみえの旅行の嘘を必死で弁護し始めるからだ。
    最終的には常識的で正直な旅行者を集団でリンチにかけて、口を封じようとする(例えば、ニフティのフォーラムで言うと「会員削除」したりするようなものだね)。

    ただ、この集団リンチに参加したことによって、これから一生その烙印を消すことが出来ず、世間知らずのオタクの集まっているだけのパソコン通信以外の、一般社会のごく普通のまともな旅行者からはちっとも相手にされないうえに、いつかは本物の世界旅行者先生様からの「本格的な、徹底的な、最終的な」お返しが来るのが恐ろしいが(笑) 。

    まともなセックスもしたことのない世間知らずのくせに、雰囲気に流されて、中途半端に調子に乗って、「本当の本物」に下手に手を出すと、一生を使って償わされるかもしれないが、それもわからないレベルなのだから、かわいそうなことだ。
    かわいそうでも、自己責任の時代では、逃げるわけにはいかない。
    ま、自分のやったことは自分で責任を取るのがこの世の常なので、それも仕方がない。

    おやおや、何か訳の分からない文章になってしまった。
    注意しておくが、これはごくどこにでもある一般的な話だ。
    パソコン通信で良く似た話があったとしても、そのことを皮肉ったり、当てこすったりしているのではないので誤解がないようにしてもらいたい。
    パソコン通信には、なんでもかんでもすぐに自分のことを言われていると思いこむ、社会性のない、自意識過剰な人(つまり、オタク)がたくさんいるようだから注意しておく。

    僕は三流の人間は相手にしないから、安心していい。
    僕は『世界旅行者』なので、ものすごい体験をしているし、ありふれた三流人間にはうんざりするほど出会っているので、わざわざ最近の例を取り上げる必要もないのだ。

     

    さて、僕はアフリカへ行く理由を作るために、色っぽい人妻と恋をして別れた。
    旅に出る理由は恋に破れた結果、というのが一番いい。

    なぜなら恋も旅も、ただ気まぐれな心の動きにすぎないからだ。

    その思いが浮かぶと、心はもうアフリカへと飛んでいた。
    わずかな荷物をまとめて、鉄道に飛び乗った。

    アンダルシアの都市を全部制覇した後で、南スペインの港町アルヘシラスへとたどり着き、北アフリカ、モロッコのタンジェへと、ジブラルタル海峡をフェリーで越えた。

    モロッコのマラケシュから雪を抱く大アトラス山脈をおんぼろバスで越えて、果てしなく続く砂漠を見た。

    その時に、アルジェリアへ行く気持ちは固まっていた。

    《僕は高倉健じゃない》

     

    アルジェリアからは、砂漠を歩いて国境を越えて、チュニジアへ入り、ジェルバ島のビーチでひと泳ぎしたあと、チュニスにやってきた。
    一応北アフリカのマグレブ三国を横断したわけだ。

    チュニスの安宿に腰を落ち着ける。
    ここでちょっと考えなければならないことがあった。

    これからどう進もうか?

    地中海の海岸線をのどかに走る郊外電車に乗ってカルタゴの遺跡を見物したりしながら、次にとるべき道を考えていた。

    北アフリカを西から東へ、モロッコ、アルジェリア、チュニジアと来たのだから、そのまま東へ陸路で進んでリビアへ、さらにエジプトへと抜けるのが自然の流れだろう。
    しかし、リビアへ行くからにはカダフィ大佐に会わなければ、話にならない。
    ただ大佐も最近ちょっと忙しいと言ってたので、僕が突然会いに行っても、迷惑かもしれないし…。
    大佐と話をしているときに、米軍の爆撃にあう恐れもある。

    もしリビアへ行かないなら、チュニジアからはイタリアへ行くのがありふれたコースだ。
    もちろん、ひとっ飛びで、一気にエジプトやギリシアへ向かってもいいが…。

    僕はイギリスの冬を避けるという目的でイギリスを離れていた。
    この頃までは、イギリスで受けた、普通の日本人はいくら勉強してもほとんど合格しない、英語能力だけではなくて、本質的に頭が良くなくては何年かかっても合格は無理、という噂の「ケンブリッジ大学英語検定試験特級(CPE)」の結果を確認して、日本へとっとと帰るつもりだった(ちなみに、当然、僕は合格した)。

    まあ「せっかくだから、ついでにちょっと観光地を見ておいてもいいかなー(パフ、パフー)」とは考えていたが、このまま世界一周をする運命だとは、夢にも思っていなかったのだ。

    アメリカのビザはバルセロナで取っていた。
    これは、『日本人はロンドンでアメリカのビザが取れない』との噂を耳にしていたからで、まだアメリカ経由で日本に戻るかどうかも決めてはいなかった。
    でもバルセロナで親しくなった日本レストラン『小雪』のマスターが『エジプトへは一生に一度は行っておいた方がいいよ。ピラミッドは絶対見るべきだね』とアドバイスをくれたので、これだけは押さえておかなければならないという気持ちはあった。

    しかし、ロンドンの試験結果の発表も迫っていることだし、この時はエジプトへは寄らず、イタリアへ行くことにした。

    さて、チュニジアとイタリアの間には地中海がある。
    だから、イタリアまで陸路で行けないかというと、もちろん行けないことはない。
    地中海岸沿いをリビア、エジプト、ヨルダン、シリア、トルコと伝って、ボスボラス海峡を橋で渡り、バルカン半島経由でぐるんと大回りすれば、ごく簡単に行けるのだが、これではまた別の旅行になってしまう。

    そこで次に考えることは、地中海を船でイタリアへ行くことだ。
    チュニスからの海路には大きく2つのルートがある。
    イタリア半島の付け根『ジェノバ』またはシチリア島の『パレルモ』へ渡る船が出ているのだ。
    飛行機でももちろん行けるが、旅行者は基本的に『出来るだけ飛行機を使わない』のだから、なるべくなら船に乗りたい。

    しかし、僕は旅行の常識を破って飛行機を使うことにした。
    実はこの時期に僕がここからイタリアへ渡るには、非常に重大な秘密の理由があったからだ。

    それはモロッコのマラケシュでの、あるひとりの信頼できる旅行者の情報から始まる。

    『ローマのスペイン階段には卒業旅行の日本人女子大生がびっしり座っていて、胸に番号札を付けている。気に入った女の子の番号を言えば、どこへでもついてくる。ローマにいる男はぽこちんの先っぽが乾く暇がなくて水虫になっている』という、いかにも真実味のある、もっともらしい話を聞いたのだ。
    この話をしてくれたのは、国籍は日本人だが、米空軍の将校の制服を着た、何でもアルバイトにCIAとKGBの仕事をしているという身元の確かなすごい人だったが…。

    日本にいてこのスペイン階段にいる日本人女子大生の話を聞いたとすると、いくら『生まれてから今まで一回も嘘をついたことがない』と自称する『世界旅行者』の話でも怪しいと思うだろう。
    しかし、最近の『ローマ女子大生6人レイプ事件』でこれが実証された。

    このことがあってから、僕を『世界旅行者』ではなく『ノストラダムスの再来』と呼ぶ人も出てきたようだ。

    日本のダサーい女の子は信じられないかもしれないが、僕はバルセロナでスペイン語の勉強はせずに、可愛い人妻とフランス映画に出てくるような大恋愛をしていた。
    スペイン語学校では、僕が学校を辞める時に、クラスのスウェーデン人女子大生が涙を流してすがりついたまま離れなかった、というくらいモテた。
    ツアーでスペインにやってきた日本人の女3人に、無理矢理ホテルに連れ込まれて、危うく強姦されそうになったくらいセクシーな中年男なのだ。

    このすっかり身についた国際的に有効な、スペイン風の恋愛テクニックを使えば、日本では金をもらわないとSEXしない(金さえ払えば誰とでも寝る)日本人女子大生なんか、金を払わなくても簡単にくどけるはずだ。

    タダでいっぱい出来る!

    実はこれが僕がローマへ行く、人には言えないちょっぴり恥ずかしい、ないしょの理由なのだ。
    だから卒業旅行の時期が終わって女子大生がいなくなればローマに行く意味がない。
    そして現在は3月25日。
    女子学生がどんどん日本へ戻りつつある時期だ。

    ロマンチックな恋愛を期待して旅行に出た日本人女子大生諸君は『誰でもいいからとにかく一発やらないと、何のために高い金を払って旅行に出たのかわからないわ!』と、コンドームを咥えて、焦りまくっている、とってもおいしい時期だ。

    僕がイタリアへと格好よく船旅を気取るのはいいが、ローマに着いて女がいないのでは、これは何のために旅行しているのかわからない。

    とっても間抜けな話だ。

    このように『地中海のロマンチックな船旅』と『ローマのムレムレ女子大生』を秤にかければ、誰が考えても『ムレムレ』が大切だ。
    それには一刻も早くローマに行く方が有利で、それには飛行機でひとっ飛びしなけばならない。
    この論理で僕が飛行機を使うことは理論的に成立するだろう。

    というわけで、僕はチュニスの中心部の大通り『ハビブブルギバ通り』に面した旅行代理店『チュニジアントラベルサービス』で航空券の値段を調べていた。
    この時期、チュニスからローマまでが104TD、アテネまで198TD、カイロまで228TDだとか。
    旅行代理店の、変に調子のいい若い男性社員は『ISIC(国際学生証)があれば年齢に関係なく、さらに20パーセント割り引きます』という。

    僕が学生じゃないのに学生証を持っているのは、もうみんなも知っているだろう。
    これが本物の長期旅行者の常識なのだからね。
    しかし、ところによっては学生証の使用に年齢制限があるので、確かめないとぬか喜びをする事になる。
    僕は『どうも怪しいが、まあどうせもう2つばかり別のエージェントを当たって確かめるのだから聞くだけ聞いておこう』と愛想よく喜んだ振りをして、適当な世間話をしていた。

    カウンターの横にいた女の子が『ひょっとして、あなたが高倉健ですか?』と僕に聞いてくる。
    この時期にパリダカールラリーを題材にした日本映画の撮影をやっていて、主演の高倉健のことがニュースで報道されたのだとか。
    『似てるからみんなそういうけれど、違うよ。ちょっとした関係はあるけどね(同じ日本人だもの、関係はあるさ)』と思わせ振りなことを言って、ついでに映画の話をする。

    実際、アルジェリアとチュニジアの国境近くのオアシス都市トズールで、この映画の撮影隊と会い、名取裕子とじっくりと話をしたことがあるので、まんざら嘘ではない(これに関しては『かなだらいを担いで国境を越えて、名取裕子を口説く』という旅行記がある)。

    せっかくだから映画のストーリーを詳しく説明してあげた。
    もちろん、ストーリーについてはまったく知らない。
    そこで外人にもウケるように、パリダカールラリーを題材にした日本映画ということを考慮して、ラリーに忍者や侍も勝手に出演させ、高倉健は砂漠でハラキリをする話にした。

    この話は大いにウケた。

    映画の話をしていると、店の奥から出てきた社長が『私も日本映画は大好きだよ。とくにブルースリーがいいねぇ!』と、さらに盛り上がる。

    そこに『ドーユーテレフォーンミー』などという理解不能な大声が入口の方向から聞こえる。

     

    《関西人旅行者》

    アクセントがおかしくてスワヒリ語ともタガログ語ともアラビア語とも聞こえる発音だが、なんとなく英語のような気もする。
    さらに、昔どこかで聞いたことのある、懐かしい響きを持っている。

    う〜ん、言葉の内容が英語だとして、さっぱり意味がわからないことを除けば、イントネーションが一番近いのは大阪弁だよね。
    しかもかなりの大声だ。
    この発音とイントネーションと声の大きさから『関西人だな!』と考えて、僕はぞくっとした。
    関西人旅行者は世界中で迷惑がられているのだ。

    旅行会社のカウンターから後ろを振り向く。
    そこには日本人らしい20代の若者が、薄笑いを浮かべて、ぼーっとつっ立ってる。
    ジーンズにTシャツにウエストバッグとディバッグというまさしく日本人学生旅行者のポスターモデルにでもなりそうな格好の若者だ。
    彼はまた、大阪なまりの英語らしきものを『ギャオー!』と、大声で叫んだ。
    しかし、この学生の英語はどうしたってチュニジア人には理解不能だ。
    カウンターの男性は『彼の日本語はわからないので、何を言いたいのか聞いてくれますか?』と僕に頼む。

    旅先で旅行者と話すのは(例え関西人でも)、これは旅行の大きな楽しみだ。
    さっそく彼に『キミは日本人でしょ?』と話しかけ、何をしたいのか聞く。

    『シンガポール航空でヨーロッパにきたんやけど、ローマから大阪への帰りの予約をいれておまへんねん。予約の入れ方が分からんのどす』と、いかにも関西人らしく言う(おいおい、この言葉のどこが関西人らしいんや。お前どつき倒すぞ!)。

    ハハーン、ここにも旅行代理店の口車に乗った若者がいたか…。
    有名な旅行のことわざ(僕が作ったんだけどね)に『予約の入らない切符はウンコを拭いた後のティッシュペーパー』というものがある。
    その心は『チェックインカウンターに持っていくと嫌われる』だ。

    卒業旅行の終わりの時期は海外から日本への飛行機は非常に混み合う。
    そこで旅行代理店といわれるやくざな連中は、帰りの予約が入らなくても、『帰りは現地で予約を入れて下さい。現地だと予約は簡単に入りますから』などといいかげんなことを言って学生を送り出すのだ。

    この言葉を単純に信じて旅行に出ると、帰国便の予約がまったく入らず、高い金を出して別に切符を買うことになる。
    また、予定した日に帰国できず、入社したとたんに窓際族になったり、入社内定が取り消しとなった学生も多い。
    海外に住み着いたり、世界を放浪している日本人に話を聞くと、ほとんどは卒業旅行に出たまま日本に帰りそこなって10年、20年たってしまった人たちなので、昔の人の中には、学生服を着たままの人もいる。

    でもまあ、うまく日本に戻って入社できたとしても、それ以後何十年も日本で満員電車に乗って通勤し、言いたいことも言わず、おべっかを使って人間関係に神経をすり減らし、やりたくもないゴルフに休日を使い、信じてもいないことを決まり切ったパターンで言い、そのうちに定年になって海外旅行をしようとしても定年後の生活設計が不安で、せいぜいツアーでヨーロッパ10日間、などという惨めな人生よりは幸せだろうけれどもね。

    だから予定した日に日本へ帰れなくても、それは神の定めなのだ。
    ただ、初めから神から相手にもされてない人間が日本に帰れなかったら、これは悲劇だ。
    そして、旅行会社からも神からも見捨てられる日本人旅行者がかなりいるのはこれは本当なのだ。

    この学生の名前は東堂君。
    大阪大学の2回生。
    見かけがいかにも頼りない。
    頼りないので、ヨーロッパを旅行していた途中で、なにかのついでにちょっとチュニスへ飛んできた程度だろうと考えた。
    が、話を聞くと、アルジェリアのサハラ砂漠の真中にあるオアシス『タマンラセト』へ行ってきたのだそうだ。
    この町へは僕も行こうと考えていて、アルジェで航空会社の事務所へ行ったが、2時間もカウンター前に並んだあげく、『2週間先まで満席』との答を得てあきらめた経験がある。

    日本語のガイドブック(『地球の歩き方』に決まってるさ)はとんでもなくいいかげんで、アルジェの地図そのものが間違っていたので、この事務所を捜すのも問い合わせするのも、全部フランス語を使って苦労したものだ。

    フランス語どころか英語もまともにしゃべれない彼に、どうして飛行機の切符が取れたのだろう?
    「僕が出来なかったことがこんな馬鹿な学生に出来るはずがない」という傲慢な気持ちが沸いてきた。

    恥ずかしい話だが、この頃はまだ僕は旅行の初心者だった。
    実は、50か国未満のわずかな旅行経験しかなかったのだ。

    だから初心者にありがちな『僕はうまく旅行したが、こんなことは普通の人間には出来ない』という驕りの気持ちがあった。
    でも、これは海外旅行というものをわざわざ過大評価している旅行者の初心者にはありがちな、自分に対する過信だったのだ。

    もちろん、海外旅行自体は決して難しいものではない。
    三流の旅行業者や三流の旅行作家が自分のしたことを自慢したいために大げさな嘘をまき散らしていて、それを何にも知らない日本の三流マスコミが拡大再生産して、それで実際以上に難しく見えるだけなのだ。

    だから、自分で海外旅行に出たら、必ず『思ったよりもずっと簡単じゃないか!』と思う。
    でももちろん、もともと海外旅行なんて簡単なものなんだ。

    それを『自分が優秀だからこんなに旅行がスムーズに行くのだ』と思うのは大きな間違いなのだ。
    だって、みんながそう考えるのだからね。

    この頃は僕はこんなあたり前のことすら、何もわかってなかったのだ。

    《最強タイプの旅行者》

     

    それにもう一つ本質的なことがある。
    実は、自分一人の力では旅行出来ない。
    旅行するということは誰かの世話になり、誰かに助けられて初めて可能になることなのだ。
    つまり、上手な旅行者とは人の助けを上手に借りている人なのだ。
    そこで人が助けたくなる旅行者とはなにかといえば、基本的には人格が立派だと言うことだろう。

    見るからにとてもまじめできちんとした人が困っていたら、誰だって親切にしてあげたくなるに決まっている。
    これは世界中どこでも同じだ。
    特に、頼りなさそうな女の子が困っていれば誰だって助けてあげたくなる。
    うまく行けば一発やらせてくれるかも知れないのだしね。

    だから、女の子の書く旅行記ぐらい安易な出版物はない。
    親切な人がいっぱいいて、よってたかって、みんなが助けてくれるからだ。

    このパターンの『旅で出会う人はみんな親切!私は旅ではじめて人間の優しさを知りました。だから私はまた旅に出ます。日本人の失った、人の本当の姿をさがしに…』という、馬鹿馬鹿しくも涙なくしては読めない『日本では一度もモテたことのないブス』が書く旅行記も世の中にはあふれている。

    モテない編集者に一発やらせれば、すぐに一冊出してもらえるというわけだ。
    なんの特徴もないありふれた旅行記を、たかが一か月程度旅行しただけで出版する女の話は良くあるのだが、これは出版社の担当者と著者がセックスした証拠だ。
    読者は著者のコンプレックスを想像しながら読むと2倍楽しめる。

    さて、僕の場合はいくらぼろぼろの格好をしていても、人を見るのが商売の入国審査官からは僕の素晴らしい人格が一目瞭然なので入国に問題はない。
    また、しゃべる英語やフランス語やスペイン語が非常にキチッとしているので、言葉を聞きさえすれば誰でも僕が知的だと分かる。

    あちこちの日本大使館や領事館へぼろぼろの格好で行っても、僕の話し方を聞きさえすれば、役人は『このおっさんは一流大学を出ていて高級官僚の友達もいるな。下手な扱いをすると問題にされるかもしれない…』と敏感に気付くので、僕に対する扱いは非常にいい。

    また、いざとなれば一流ホテルへ飛び込んでコンシェルジェを堂々とこき使うことが出来るのも、もともと一流ホテルと僕の雰囲気が違和感なく結びつくと言うことなんだ。

    しかし、もちろんこれよりもっとすごい旅行者が存在する。
    それが、とことん能力がなくて、目をそらしているとすぐに行方不明になってしまう、人が助けなければすぐに死んでしまうような『頼りなーい』人間だ。

    東堂君はこの最強のタイプの旅行者だったのだ!

    彼がタマンラセトへ行った話を聞くと、そのすごさがわかった。
    僕が飛行機で飛ぼうとしていろいろ探し回ったあげく、予約が2週間先まで満杯という情報を手に入れてあきらめた飛行機に、彼は乗っているのだ。

    まだこの頃は、良くいる旅行自慢の落ちこぼれだった僕は、自分の旅行経験を鼻にかけて、自分をたいそうなものだと信じていた。
    たった50か国程度の旅行経験と、今回の連続1年程度の旅行で自分を旅のベテランだと思いこんでいたのだ。

    つまり、ただの馬鹿だった。

    だから、僕より知的レベルも旅行経験も落ちる人間が自分のあきらめたところに簡単に行ったという事実を認めたくなかった。
    でも、彼は確かにそこを訪れたのだ。
    自分より格上の旅行者がいることを認めたくなかった僕は、彼の旅行についてしつこく質問して、何とか矛盾を発見しようとした。

    彼が飛行機でサハラ砂漠の町タマンラセトへ行けたのはこうだ。

    彼はどこで飛行機の切符を買ったらいいか、予約をどうしたらいいか、何にもわからないので、とにかく空港へ行こうと考えた。
    空港への行き方もわからないので、ホテルで『エアプレーン』と言ったが、アルジェリアでは英語が通じない。
    そこで、手を広げて飛行機のまねをして、『ブーン』と大声を出しながら、ロビーをぐるぐる走り回った。
    すると、フロント係は「飛行場へ行きたいんですね!」と日本語で叫んで(ちなみに彼は熊本大学へ留学していたそうだ)、タクシーを呼んでくれて、飛行場に行くように話してくれたというのだ。

    これは僕も似た経験がある。
    インド旅行中、ニューデリーからジャイプールまでのバスに乗った時、到着時間を午前5時と知らされていたが、午前2時頃にそれらしいところに着いた。
    僕はほとんど寝ていたが、何となく気になって、それから30分ほどして、乗っていたスチュワードに『ジャイプールはまだでっしゃろ』と、確認したら、彼は大慌てで、僕をバスから降ろして、あっさり走り去った。

    ジャイプールを通り過ぎていたのだ…。

    降ろされたところは、道路に遮断機が下りていたので、検問所なのだろう。
    まわりにはトラック野郎相手の屋台が、深夜だというのににぎやかに明かりをつけて営業をしていた。
    ぼーっとした僕は、とにかくジャイプールに戻らなければと焦って、警察官に『ジャイプールに戻りたいんだ』と相談を持ちかけた。
    警官は、親切に、止まっていたトラックの運転手に交渉してくれた。
    いくらだったか忘れたが、お金を払うことでジャイプールへ行く話になった。
    運転手は英語が話せない。
    ジャイプールの町へ入って、話しかけてきたが、どうやらどこへ行くのかと聞いている様子だった。
    そこで、僕は蒸気機関車のまねをして、『しゅっしゅぽっぽー、しゅっぽっぽー!』と叫んだ。
    ついでに『ぴー、ぴー』と汽笛のまねまでした。
    運転手と助手は大喜びして、一緒に『しゅっぽ、しゅっぽ』『ぴー、ぴー』と大騒ぎをした。
    まあ、それで無事にジャイプール駅に降ろしてもらえて、僕は駅の中でホームレスのインド人の中に混じって寝たものだ。
    このように、物真似上手も旅行のテクニックのひとつだ。

    彼の場合は、ホテルの人間が飛行場へと話をつけていたらしく、『エアプレーン』としゃべって手を広げて飛行機の格好をしただけで、タクシーの運転手は空港へ送ってくれた。

    空港へ着いても、どうしたらいいのかさっぱりわからない。
    それで、ぼけーっとしたまま、口をあんぐりと開けて、3時間ほど立っていた。
    すると、どこかへ報告が行ったらしく、ちょっと偉そうな職員が声をかけてくれた。
    何を言われても言葉が分からないので『タマンラセト』『タマンラセト』と繰り返し言って、また飛行機の物まねをしていたら、飛行機に連れていって乗せてくれた、との話だ。
    彼は自分では何も行動せずに目的のものを手に入れてしまったのだ!

    確かにこんな頼りなさそうな人間をほうっておいて何か問題でも起これば、知り合った人間は自責の念を持ってしまうだろう。
    自分しか助けるものがいないとなれば、どうしても助けてあげなければならないという強迫観念もでるだろう。

    僕もなぜか『この学生のために飛行機の予約をしてあげなければいけない。僕が助けなければ彼一人ではどうにかなってしまう』という責任感を持ってしまった。

     

    《僕が国際電話をかける理由》

    彼は大学の2年生なので就職のために帰らなければならないというのではない。
    しかし、履修届けの提出のためにどうしても4月7日には大阪にいなければならないのだとか。

    彼の切符はシンガポール航空で、帰りはローマ発になっているが、この便は週2便。
    シンガポール航空だから、シンガポールで乗り換えて大阪へ行くことになる。
    これはちょっと面倒だ。
    この時期にすんなりと予約が入るとは考えられない。
    もともと、卒業旅行の帰国便の予約はぎりぎりのところに集中している。
    だから3月終わり頃は予約で満席というのが普通だ。

    シンガポール航空の場合、卒業旅行でオーストラリアやアジアを回った旅行者も、シンガポール経由で日本へ帰ることになる。
    だから、シンガポールから日本への便についてはウェイティングリストには名前がいっぱいだろう。
    更にシンガポールから大阪への便数は東京行きに比べて少なく、また大胆な学生旅行者は関西の方が多い。
    つまり、予約がなくても乗り込もうとする根性のある(ど厚かましい)関西人旅行者がキャンセル待ちをしていることだろう。

    これが常識だが、しかし常識通りにいかないのも旅行というものなのだ。
    予約にトライしてみるのも面白いな。
    それにチュニスからローマへ電話をかけて、シンガポール航空の予約を取るのも、いい話のネタになるだろう。
    他人の金で、新しい個人的な経験を積み重ねることになるのだから、これはおいしい。

    旅行の話というのはいろいろあるのだが、『こういう場合は必ずこうなる』という常識は本来通用しないものだ。

    それなのに旅行の本を読んだり、旅行の話を又聞きしたり、旅行サークルに参加たりして『旅行通』をきどる人がいるのは、いかにも旅行の初心者らしくて、かわいい。

    旅行をしていて、「同じことをすれば同じことがおこるのなら、旅行に出る意味がない」という基本がわかってないのだ。

    ある国境を陸路で越えられるかどうかという重大な問題についても、ある人がすんなりと通過し、別の人が国境で追い返されるという話は良くある。
    その理由をいくら追求してもしかたないこともある。

    それがわからない初心者は、自分で国境を越えようともせずに、国境で追い返された旅行者の経験を聞きかじって、ガイドブックに『国境が越えられない』と書いて、一人で大騒ぎをしてまわりに迷惑をかけたりする。

    そのいい例が、『地球の歩き方』だ。
    この本には長い間『日本人はヨルダンに陸路入国ができない』と、堂々と書いてあった。
    このために、カイロやイスタンブールの日本人宿では、中近東を経由する陸路ルートを変更する旅行者が続出したものだ。

    もちろん旅行の本質がわかっている僕は、エジプトからシナイ半島経由でアカバ湾を渡り、ヨルダンへとすんなり入国したけれどね。

    旅行の経験は法則にできるものではないし、一般化できるものでもない。

    例えば『親切な宿』といっても、それは日本人の女の子にだけ親切なので、普通の薄汚い男の旅行者にはひどい扱いをするのは常識だ。
    また、宿屋のおやじが日本人の女の子に親切なのは、かたっぱしから声をかけていれば結構やらせてくれる女がいるからだというのは、実際に旅行をしたものにとっては決して変な話ではない。

    だから、旅行の話は自分自身で体験した、個別的な経験談以外は意味がない。
    つまり、僕のような本物の『世界旅行者』は、旅行の話を読んだり人に聞いたりせずに、いろんな経験を自分で積み重ねていくことを目標にする。

    例えば、モロッコのマラケシュからワルザザードへと大アトラス山脈を越えたのは、実はマラケシュで一枚の絵ハガキを見たからだった。
    その土地特有の日干しレンガでできたと思われる集合住宅の写真がとても魅力的だった。
    その絵ハガキを日本へ送りたかったが、その景色を自分で見ていないのにまるで自分が目にしたような事は書けない。
    だから、絵ハガキを送るために絵ハガキに写っている景色を見に行ったのだ。

    つまり旅行においては個人的な個別的な経験だけが正しくて、それ以外は何をいっても本物ではないのだ。

    『チュニスからイタリアへ国際電話をかけるには』という話をするためには、実際に自分でその電話をかけていなければならない。
    もちろん時がたてば、その『電話のかけ方』も変化するものだが、ある時期に実際に電話をかけた時にはこうだった、という話は決して意味を失うことはないのだ。

    よく、一般的にはこうです、規則ではこうなっている、といったタイプの面白くもない話をだらだらと続ける人がいるが、自分の個別的な経験を語っていないなら、決して信じてはいけない。
    今では本を山ほど読んで自分で経験していないことをだらだらとしゃべって旅行通をきどる人間が、うんざりするほどいるのだからね。

    というわけで、東堂君のために国際電話をかけるのは、僕にとっても意味のあることだった。
    自分では決してこういうことはしないのだから、人の助けをしながら、人の金を使って、おもしろい経験ができることにもなるのだしね。

    旅行会社の女の子の話では、中央郵便局で国際電話がかけられるそうだ。

    念の為に、東堂君に『君、自分でかけられる?』と聞く。
    『英語は、苦手でおまんのやわ〜』と、予期した返事がもどる。

    よしよし、英国でケンブリッジのCPEの試験を受けてきたばっかりの僕の英国BBC放送タイプの知的な英語で、君を助けてあげるからね。

    僕は東堂君を引き連れて、チュニスの通りをずんずんと中央郵便局の方向へ進んで行った。



    《イタリア英語との戦い》

     

    東堂くんを連れて、国際電話がかけられると聞いた中央郵便局の、どっしりとした古めかしい建物へはいった。

    国際電話は、それまでもあちこちからかけたことがあった。
    海外から日本へ国際電話をかける場合の問題点は、電話代が高いので、コインを使う街角の公衆電話からはかけにくいところだ。
    だから、テレフォンカードを使ってパリやロンドンの公衆電話から東京へかけた以外は、ほとんど郵便局や電話局を利用した。
    スペインのバルセロナやセビリヤから旅行保険の請求のために国際電話をした時も、まずその町の中央郵便局を捜したものだ。
    スペインの場合は、係員にかけたい電話番号を申し込み用紙に書いて渡して、指定された電話ブースの中で待つと電話がかかり、終了後に窓口で支払をするという形だった。
    これだとコインを持ってなくても安心して電話がかけられる。

    チュニスもそうなのだろうと思っていたところ、チュニスの中央郵便局では、自動式の電話のブースが一方の壁にずらりと並んでいた。
    普通にコインをいれて直接、相手の番号をダイアルすればいいらしい。
    これは便利だが、コインがどれだけ必要なのか、わからないのが問題だ。

    チュニスからローマまでは地中海をちょっと隔てているだけなので、国際電話といっても案外安いのかもしれないが、たくさんのコインが必要なのは確かだ。
    電話に必要なコインは、中央郵便局の窓口で両替してくれた。
    コインを手にして東堂君とブースに入り、ローマのシンガポール航空のオフィスに電話をかける。

    英語で話しかけると、イタリア訛の英語がイタリア女から返ってきた。
    できるだけ手短に話をつけてしまいたいので、『こちらはチュニスから国際電話している』と、まず初めに念を押す。

    『出来るだけ早く大阪へ帰りたい』というと、3月中は満席だが、驚いたことに4月4日と9日の便があるという返事だ。
    東堂君に『4日なら間に合うね!』と確認して、2人で喜び、『それでは4月4日の予約をします』と答えた。
    何でも直接ぶつかってみれば何とかなるものだよ。

    『ローマからシンガポールの予約が入りました』と返事が戻る。
    おいおい、シンガポールから大阪はどうなんだい?
    ここが問題なんだからさ。

    それを聞くと、あっさり『シンガポール〜大阪は満席』との返事だ。
    いいかげんだ。
    どうしても7日に大阪にいなければならないので、シンガポールから大阪へ6日までの飛行機の空きがないかどうか質問する。
    すると9日の便があるという返事が戻ってきた。

    9日の便だと大阪まで乗り継げるのだとか。
    しかし、これでは東堂君の履修届けの提出に間に合わず、役に立たない。
    9日では遅過ぎるので、4日の便でシンガポールまで飛んで、シンガポールでキャンセル待ちするしかないだろう。
    これを彼と話し合っているうちにコインが全部落ちて、電話が切れてしまった。

    東堂君が郵便局の窓口に走り、おおげさな、身ぶり手ぶりで説明してコインを手に入れて、電話ブースまで走ってくる。

    電話をかける前に、東堂君の考えを確かめる。
    『シンガポールまで行けば何とかなりまんがな。シンガポール航空のカウンターの前で野宿をしてもよろしゅおまっさかい。カウンターの姉ちゃんに頼めば何とかなりまっしゃろ。ワテも大阪商人でおます!』と、きっぱり決意を語る。

    そこで、また電話をかけた。
    同じ女が出てきたので、話は早い。
    4月4日のローマ〜シンガポールの予約を入れ、乗り継ぎの大阪便のウェイティングリストに名前を載せてもらうことにする。
    4日と言っているのに『フィフス(5日)?』とイタリア女は聞き返してくる。
    『5日の便もあるの?』と聞くと『5日にはフライトがない』というふざけた返事。
    どうやらからかわれているようだ。
    『5日じゃない。4日だ。ワン、ツー、スリー、フォー』と大声で電話機に叫ぶと、ローマからは『ファイブ!』と言う声と一緒にわっと数人の笑い声が聞こえる。

    完全に遊ばれている。
    頭に血が上った。
    コインがまた足りなくなりそうだ。
    僕は変に焦ってしまって、どっと冷や汗が出た。

    東堂君はまた窓口へ走り『コイン!コイン!』と大騒ぎするので、郵便局中の目がこちらを向く。

    しかし、東堂君は大騒ぎをしている割りに、本気で焦ってはいないようだ。
    結構楽しんでいるようにも見える。

    東堂君からコインを受け取って、話を続け、ローマからシンガポールの4日の予約を入れ、乗り継ぎのシンガポールから大阪へのウエイティングリストに名前を載せた。
    何とかこれで用件は済んだ。

    電話を切ると、どっと疲れが出た。

    中央郵便局を出て、北アフリカの強烈な日差しを受けると、くらくらっとめまいがしてしまった。

     

    《終章:愛される旅行者への道》

     

    郵便局の中を覗くと、東堂君はコインに両替してくれた窓口の女性係官に『サンキュー!』と大声で叫んで投げキッスをしていた。
    郵便局中の人がにこにこして拍手をすると、彼は投げキッスをしながらくるくると体を回転させ、ステップを踏んで、踊りながら郵便局から出た。

    僕はイタリア英語とイタリア女の冗談で頭が痛くなっていた。
    すっかり疲れてしまって、これ以上東堂君と付き合う気持ちがなかったので、『じゃあねー!』と言ってあっさり別れてしまった(本物の旅行者は、別れがあっさりしているのが特徴だ)。

    チュニスのメジナを少し探険した後、通りの中央が公園になっているフランス通りのキオスクで、フランス語の新聞雑誌の間から『ニューズウイーク』を発見して買った。
    ホテルの部屋で、久しぶりのニューズウィークをむさぶるように読みながら、サンドイッチとワインで夕食にした。
    ブラインドの透き間から差し込む日の光が壁に映るのを見ながら、固いベッドに横たわって、考えた。

    あれがひょっとしたら本物かもしれないね…。

    彼はあのやり方で、まわりを明るくしながら欲しいものは手に入れている。
    僕には変な気取りがあるので、あそこまで自分を解放出来ない。
    考えてみればイタリア女に電話でからかわれたのも『くそ真面目な日本人』と思われたからかもしれない。
    こちらも変に流暢な英語を使ったりせず、もっと馬鹿になるべきだった。
    座席の予約のためなのだから、単純に単語を並べれば良かったのだ。
    BBCのアナウンサーのようなきれいな英語を無理に気取って使うことはなかったのだ。

    うーん、まだまだ未熟だね。

     

    という訳で、これ以来、海外で人に話しかける時は出来るだけ頼りなさそうに振舞うことにした。

    例えばアメリカの小さな町の観光案内所へ行ったら、出来るだけ単純なジャパニーズイングリッシュを使ってにこにこ笑い、出る時は大声で『サンキューベリーマッチ!』と大げさに叫ぶ。
    これの方が係員も親切に教えてくれるものなのだ。

    この考え方を進めると『外国人が考えるような日本人らしい日本人』を演技した方がすべてうまく行くという海外生活哲学にたどり着く。
    『誰が見ても日本人』ならば、安心して付き合ってくれるものなのだ。

    例えばトルコのある警察署に用事があって行った時は、まず警察署の入口で手のひらを胸の前で合わせて深くお辞儀して、丁度お寺に参るような挨拶をして入った。
    なんの意味もないのだが、「日本人はきっとこういう挨拶をする、とトルコ人は考えているだろう」と予想して、そういう態度を取ったのだ。
    そうすると警察官も、また同じく手を合わせて挨拶を返してくれたっけ。
    話も丁寧に聞いてくれた。

    その後、アメリカで出会った日本人留学生と話すと、悩みはほとんど『白人の友達ができない』ということだった。

    女の子にはすぐに友達ができるが、留学していたって仕事をしていたって、普通のありふれた退屈な日本人男性にはだいたい外国人の友達なんかできないものなのだ。(実はこういう日本人男性には日本にも本当は友達なんていないんだが)。

    僕はこの経験があったので、彼らに的確なアドバイスを与えた。
    それは、「アメリカ人が考えるような日本人を演じろ」ということだ。

    ちょんまげを結って、和服を着て、刀を差して学校へ行けば、まず必ず友達ができる。
    それが無理なら、胸からカメラを下げ、めがねをかけて、出っ歯にして、下駄を履いてあるきまわり、アメリカ人が『オー、マイゴッド!』という時に『オー、マイブッダ!』と叫べばいいのだ。

    誰だって日本人とつき合うのなら、「日本人らしい日本人」と友達になりたいに決まっている。

    僕たちだって、「気の弱い、暗ーいアメリカ人」なんかとはつき合いたくないよね。
    日本の黒人大好きな女の子だって、リズム感が悪くて踊りが下手で、バスケットボールが下手で、ぽこちんの小さい黒人なんかとは『お友達』になりたくないよね。
    やはりアメリカ人は外向的で陽気で気楽でいてほしいし、そうでなければわざわざつき合う意味がないんだ。
    アメリカ人にしたって、中途半端な、アメリカ人のような東洋人のような、特徴のない個性のない頭の悪い人間と友達になっても、意味がないと思うに決まっている。
    やはり、自分が思い描いていたような、「忍術が上手な」日本人と付き合いたいのだ。

    海外のTV番組を見ていて、現地に長期滞在している日本人が出てくると、いやにデフォルメされた変な日本人を演じているのに気づいて、お尻がこそばゆい思いをしたことがあると思う。
    しかし、それこそが、海外の日本人が現地で適応するためのひとつの正しいやり方なのだ。

    さて、僕は東堂君に出会ったこの頃、北アフリカ3国を横断したので旅行に少し自信を持ち、旅行をなめ始めていた。
    こういう時が一番危ない時だったのだ。

    この大阪からの学生に出会ったのは、だから神からのお告げだったのかもしれない。

    『自分を捨て、真の旅行道をつかめ!』 

    しかし僕が旅行について本当に悟ったのは、これよりずっと後、ケニアに長期滞在して、北アメリカをグレイハウンドで走り回って、LAにずるずると居座って、中南米を一人旅をして、南太平洋の島々をアイランドホップして、アジアにたどり着いて、韓国から船で日本に帰りついて、東京に戻って、新橋の『養老の滝』で養老ビールを飲んでいた時だが、それはまた別の機会に話そうと思う。

    僕がチュニスで出会った『天才旅行者』の話は、これでお終い。

    【写真】チュニスのメディナ入り口
    【旅行哲学】旅先では天才旅行者に出会うことがある。

  • http://www.midokutsu.com/africa/tunis.htm


  • 【旅行時期】1988/04/~1988/04/
    【エリア】チュニス
    【テーマ】世界一周
    【投稿者】みどりのくつした

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    「まさか水虫では」と気にしつつ、だんだん痛がゆくなってきたので病院へ行った。 「霜焼けです」の言葉に、「エーッ、これが霜焼け」と東北育ちらしからぬ声を上げてしまった。 18歳まで宮城県で育ったのだから、知らないはずはないし、小さいころは私も手足に霜焼けを ...


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